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月 光
第1章 1.東の月
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「はぁ……」
 麗らかな春の夜だった。青龍に滞在して2日目の夜に皇帝の来訪を歓迎する華やかな宴の席で、カイは早くも退屈を覚えて溜息を吐いた。

 帝国にいる間は処理しても処理しても問題が次から次へと持ち上がり、退屈など覚える暇も無かった。黙々と、まるで機械人形か何かのように執務に励んでいたから、確かに疲れていたかもしれない。ドレイクの言ったように気晴らしになるかと思っていたが、もう帝国に帰りたいと思ってしまう自分に驚く。

 たまには東洋の女を抱くのも良いかもしれない、とちらりと不埒なことを考える。東洋の女はみな一様に黒い瞳と黒い髪で、西洋人にはない神秘的な魅力があるのだ。しかしここへは一応自分の妃を探すという厄介な名目があるのでさすがにはばかられる。

 引き合わされた青龍の姫君は確かに美しく気立ても良さそうだが、妃に迎えたいとは露ほども思えなかった。

 もう限界だ……。
「久々の長旅でどうやら疲れていたようです。少し酔ってしまったので外の風に酔いを醒ましてもらうことに致します。御前を失礼してもよろしいですか?」
 隣に座る青龍の年長の国王を敬って、カイは丁寧に伺いを立てた。
人の良さそうなこの国王は、アルカディアがまさか己の招待に応じるとは思ってもいなかったので、大慌てで皇帝を迎える準備をしたという。そんなことを恥ずかし気もなく主賓である皇帝に笑い話として披露したのだった。

 自慢の娘に引き合わせようと心を砕いた国王に対して、当の相手が席を離れるなど失礼極まりないと思うものの、茶番のような宴席にこれ以上いるのは堪えられそうもない。

「おお、それはいけませんな。玲英に庭でも案内させましょうか?」
「いえ、それには及びません。今宵は満月で明るい。貴国の庭で迷うこともないでしょう。お言葉に甘えて今夜は早々に休むことに致します」
 カイはやんわりと姫君の付き添いを断ると、異国の見慣れない庭へと逃げ出すことにした。

 側近のニコラスに目顔でついてくるなと言い置いてから、外へ出た。

 美しく整えられた庭をのんびりと横切り、さらにその奥へと歩き出す。特に疲れも眠気も感じているわけではなかった。
 ふと心を引かれて見上げた月に誘われたように、自分が何をしたいのかも分からないまま、ただ歩いていた。
 見慣れない外国の庭園は明るい月の光に照らし出されて幻想的に輝いている。目的地もないまま、ふらふらと歩いている間に月の世界にただ一人歩いているような錯覚に囚われる。それでもなぜか歩みを止めることは出来ず、月に導かれるまま己の足が向くまま漂うように歩き続けた。

 どのくらい歩いたのかも分からなくなってきた頃、人の訪れを拒むようにして立っている小さな離宮に辿り着いていた。
 実際、ここに辿り着くのを妨げるように回廊や迷路のような庭がいくつもあったのだ。そこを傍らの木に登ってまでも乗り越え、あるいは迷路を解き明かした末に辿り着いたのだ。

 そこは王城の最も奥深い場所だった。人の目に触れないように、ひっそりと佇む秘密めいた離宮は、さながら月の宮殿のような幻想的な雰囲気に包まれている。
 皇帝が2日間足を踏み入れた宮と比べると、随分と小さく簡素な造りではあったが、そこに住まう人の品の良さを伺わせる上品な佇まいである。

 いつの間にか立ち尽くしてぼんやりと離宮を眺めていたカイに、ふわりと風に乗って花の甘い香りと、女の声が僅かに届いた。
 その声に興味を覚え、導かれるようにして離宮にそっと分け入った。美しく整えられた庭の木陰に気配を殺して近付いていく。

 この国の王城は中庭に続く、屋根のある露台と廊下を兼用にしたような回廊が建物に張り巡らせてあり、その回廊から直接部屋へと入る構造になっている。
 カイは吸い寄せられるように離宮の露台を見てから、息を呑んだ。

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