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月 光
第1章 2.落花
<3>

「……翡翠……」
 自分でも聞き逃してしまいそうなほどのか細い声が震える。翡翠は急に態度を変えてしまった男が怖くてたまらず、ただただ放して欲しくて自分の名を唇にのせた。
 いくら幼いといってもこれがどういう意味かは知っている。でもきっと父はこんな男との結婚を許しはしないだろう。朝になったらすぐ父に謝って本当のことを言えば、きっと大丈夫なはずだ。
 
それにこの男は外国の、それも西大陸の人なのだから、自分の言葉の意味を知らないのかもしれない。

 だが、僅かな希望は瞬く間にあっけなく打ち砕かれる。
「翡翠……、美しい名だ。あなたの瞳と同じだね」
 翡翠は驚いて顔を上げた。翡翠、という名は二つの大きな意味を持っている。そのうちの一つは青緑色をした宝石の名前である。これは東大陸では良く知られていることだったが、西大陸の人間がそんなことまで知っているのは稀だった。ならばこの男はかなり東洋についての知識を持っているということで、先ほどのやり取りの意味も当然知っているということを暗に示していた。
 
 そしてもう一つの意味が、後に翡翠に陰を落とすことになる。
 ――翡翠――それは美しい羽を持つ鳥の雌雄を示し、そのつがいは生涯を添い遂げるという。そしてそれは互いの存在の真逆を表す。雄と雌、陽と陰、火と水―――。真逆の存在を一つにしたことで気が整う。その言葉の持つ力が何かを封じるために用いられることもしばしばあった。
 そして翡翠は―――。誰もがその瞳の色から名付けられたと思われていた。しかし、それは真実ではない。真実を知る者は今は父である国王だけだった―――。

 カイは翡翠の肩を押さえていた手を、翡翠の震えている頤にそっとずらしていった。掌の出血は大したこともなく止まっているが、翡翠の寝衣に血の跡をつけてしまっていた。
 上向けた翡翠の美しいエメラルドの瞳は驚愕に見開かれ、見えないはずなのにまっすぐに自分の瞳に視線を合わせている。カイは花に吸い寄せられる蜜蜂のように、自然に顔を近づけると翡翠の柔らかな唇に自分のそれをそっと押し当てた。

 翡翠の両手首を拘束していた手は、いつしか項から豊かな黒髪に差し入れられていた。


「・・・っ!・・・・ぅ・・んんっ・・・・・」
 
自分の唇に触れているものが男の唇だと理解した途端、翡翠は激しく抗った。だが後頭部と頤をしっかりと押さえ込まれてしまい、首を背けることすら出来ない。自由になった両手で男の肩を押しても叩いてもびくともしないし、足を動かそうとしても男の長い足にしっかりと押さえ込まれてしまっている。
 何より、隙間なくぴったりと抱き寄せられていると、自分とは全く違う男の筋肉に覆われた逞しい肉体を嫌でも思い知らされ、恐怖が這い上がってくるのだ。
 
 触れ合わせるだけの長い口付けから開放されたかと思うと、すぐにまた熱い唇が触れてくる。それは角度を変えて何度も何度も飽きることなく繰り返された。
「いや・・・ぁ・・・・っ」
 口付けの合間に翡翠が口を開いた瞬間、今度は唇よりもさらに熱いものが口腔内に押し入ってきた。

 カイは素早く舌を挿し入れ、奥に縮こまり逃げ惑う翡翠の舌をすぐさま絡め取る。優しく、わずかに強引に絡めて狂おしく吸い上げてから翡翠の口腔内を余すところ無く貪った。
 真珠のような歯列の裏をじっくりと舌先で愛撫し、上顎を舐め、再び舌を絡める。翡翠の舌を狂おしく熱く吸い上げながら自分の方へと導いた。
「ぅん・・・・んんっ・・・・」
 鼻にかかったような翡翠の苦しげな吐息に、欲望がカイの背中を駆け抜けて、身体をぞくりと震わせた。翡翠の唇は例えようもなく甘く、口付けだというのに途方も無く気持ちが良い。たっぷりと口内を味わってから、花弁のような上唇を舐め上げ甘く噛み、最後にちゅっと下唇を吸い上げてから、カイはようやく顔を離した。濃厚な口付けで呼吸も満足に出来なかっただろう翡翠の身体が、がくりと傾いた。
 
カイはすかさず抱き上げ、もう一度触れるだけの口付けをしてから、部屋へと続く扉を器用に足で開いた。

 品の良い調度が置いてある居間らしき部屋を通り抜け、奥にある扉を開くと、寝室に辿り着いたようだ。濃い蒼の天蓋に覆われた豪奢な寝台に、翡翠の身体をそっと下ろした。花弁のような唇はわずかに開かれ、可愛らしい舌がちらりと顔を覗かせている。激しい口付けに赤く腫れ、濡れて光っている唇はひどく艶かしい。翡翠の顔がもっとよく見たくて額にそっと手を伸ばし、指先で優しく払いのけた。
 満月の明るい月の光が満ちているとはいえ、濃色の布に覆われた寝台は思いのほか暗い。
カイはもっと翡翠をよく見たくて、天蓋の覆いを左右に開く。寝台の横の大きな窓から明るい月の光が差し込み、翡翠の照らし出した。

 見慣れない東大陸の寝衣の腰帯をもどかしげに解き、翡翠の身体から全ての布を取り去ってから、カイもすぐに衣服を脱ぎ捨てた。寝台の下に2人分の衣服が海原のように色とりどりに重なり合い散らばった。

 
華奢な身体に体重をかけないように、翡翠の顔の横に肘をついてそっと体を重ねる。
 待ち焦がれた瞬間、だった。
先程の口付けだけで自分の男がすでに反応していた。こんなことは初めてだ。どうしても、今すぐに翡翠が欲しい。脈打つようにどくどくと高まってくる欲望を抑えることが、この時のカイには出来なかった。

 
月光に照らされ寝台の白い絹の敷布に横たわる翡翠は、月の女神そのものだった。白く滑らかな肌は真珠のように鈍い光沢を放つ。背に流れる艶やかな黒髪は白い柔らかな布の海で波打っている。暗闇でも光を放つ、柔らかな巻き毛をカイは一房手に取って口付けていた。こうして間近で見ると、ただの黒髪と違いわずかに銀が混じり、不思議な光沢を放つのが見て取れた。

 欲望にけぶるカイの眼差しは、徐々に下りてゆく。小さいが形よくつんと上を向いている胸の膨らみの頂には、ローズピンクの愛らしい蕾が飾られている。平らな腹と可愛らしい臍、そして薄い下生え。
 それは幼くはあるが充分に愛の行為に堪えうる女の身体だった。
 そして、カイが今強く求めてやまない最奥の秘密の花園はもうすぐ目にすることが出来るだろう。

 成熟した色香はない。むしろ月の姫の輝くばかりの稚い裸体は、触れてはならないと男の汚らわしい欲望を拒絶しているようだ。

 
酷いことをしている、と充分に分かっている。
 ―――幼く華奢な翡翠に自分を受け止めることがどれだけ辛いことかも。

 
それでも自分を今すぐ受け入れて欲しい。そうしなければ二度と手に入れられないような焦燥が押し寄せる。カイはたまらない気持ちで翡翠を強く抱き締めた。

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