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月 光
第2章 4.別離
<3>

 宮殿内がようやく目覚めようとしている頃だった。そのような時刻に皇帝の、しかも自室に呼び出されるのは未だかつてないことで、ニコラスは少々困惑している。幸い、昨夜は眠ることなく出立の準備に追われていたから、迅速に伺候することが出来るというものだ。
 皇帝の住まう翼棟へ続く長い回廊を足早に進みながら、ニコラスはすぐ前を歩くフランシスの横顔を伺った。彼も眠れぬ一夜を過ごしたのだろう。端正な横顔には、若干の疲れが滲んでいる。視線を感じたのか、フランシスが振り向いて少し困ったような微笑を向ける。皇帝唯一の肉親であるフランシスもやはり少なからず戸惑っているようだ。
 宮殿の最深部の翼棟の入り口に二人がようやくたどり着くと、不寝番を続ける近衛兵のきびきびと敬礼に出迎えられる。
「おはよう。変わりはないか?」
「はっ」
 隊長であるニコラスはにこやかに部下に声をかけると、二人の男は二重の警備を敷いた門を通り抜けた。

 通された居間の豪奢な長椅子には、カイがゆったりと座している。起き抜けのローブ姿のままで黄金の髪もだらしなく流れるに任せている。思わず二人は主の姿をまじまじと観察してしまった。顔こそ赤らめなかったものの、彼の周囲に立ち込める気だるげな気配に、彼がどんな夜を過ごしたか男ならば誰もが経験のあるものだったから。
 そんな二人の様子に気付くことなくカイは、椅子を勧めた。だがそれきり何を言うでもなく押し黙っている。一体どうしたことだろう。
「陛下、ご用件というのは?」
 一向に口を開こうとしないカイに、ニコラスがさりげなく切り出すと、彼らしくもなく妙にはっきりしない。
「ああ、うん……」
 そう呟くと膝に乗せていた掌を握って再び押し黙る。はっきりとものを言うカイらしくない。もしかして緊張、しているのだろうか?二人は困惑して目線を交わした。
 フランシスとニコラスは、何か大変な問題が起きたに違いないと、ごくりと生唾を飲み込んだ。知らずに身体が緊張に硬くなる。
 
 今から頼むことは、全くの私情なことだけにカイの中では大きな葛藤が生まれていた。明日までは議会も休会となり、出陣の準備にあたる。と言っても、先だってからすでにカイの指示によってあらかたの準備は整っているから、残るは武器や携帯品、食料などの細々とした指示だけだった。
 周囲の人々に甘えてはいけない立場にあるのは分かりすぎるほど分かっているつもりだが、昨夜の翡翠の様子が目に、心に焼き付いて離れない。やはりせめて今日だけはそばについていてやりたい、という想いが終いには勝った。一つ大きく息を吸うと一息に言った。
「今日は、一日翡翠のそばにいてやりたいのだが……」
 どんな重大なことかと思えば、と二人は気の抜けたように緊張を解いた。あっけなく口々に是非そうしろと言う古い友人二人に、カイは、あまりにもことが簡単に進むのに呆気に取られ、呆けたように椅子の背にもたれていたのだった。

 明け方近くまでカイに抱かれ続けた翡翠は、悪夢を見ることもなく深い眠りの淵に沈んでいたのだが、何かに不安を覚えたのかぱっと目覚めた。
「カイ……?」
 ひどくかすれた囁き声しか出ない。もう一度、名を呼びながら愛しい人の感触に辿りつけないかと手を伸ばす。
 そこには滑らかだが冷たい布の感触があるだけで、陽光のように包み込む温もりはなく、一瞬にして混乱を極めた。両手をついて身を起こすと体中が痛みに悲鳴をあげるが、当の本人はそれどころではない。這うようにして寝台の淵まで行き、立ち上がろうとした。しかし脚にはまるで力が入らず崩おれるばかりで、翡翠の息が上がる。
(カイはどこにいるの?)
 もしかしたら、悪い夢を見ているのだろうか?すでに出立したなどということがあるだろうか?それとも昨夜のこと自体が夢だったのか?次々に湧き上がる疑問。いくら考えても疑問に対する答えはなく、確かなのは翡翠の身体に残る愛し合った記憶だけだった。それで不安が癒せるはずもなく、翡翠はますます混乱していた。
 
 今すぐカイに抱き締めて欲しかった。
 その思いに突き動かされ、何度目かでようやく二の足で危なっかしく立ち上がった。細い脚が、生まれたての小鹿のようにぶるぶると震えている。言うことを聞かない体がもどかしい。一歩踏み出そうと両脚に力を入れると、白い滑らかな内腿をつっと温かな雫が滴るが翡翠の意識は、カイを求めることで占められている。何も纏っていないことだけは、かろうじて認識したが、夜着がどこにあるかを探す余裕はなかった。息をはずませながら白い敷布を引き抜いて、ぞんざいに体に巻きつける。
「カイ……」
 壁に寄りかかるようにして、扉の方へと一歩ずつ踏み出した。

 カイがあっけなく葛藤から解放されて、ほっとしている間にフランシスとニコラスは、二人でさっさと話をまとめてしまった。口を挟む隙もなかった。二人が細かい指示を出し、夕方に一度報告に来ると言うことでよろしいですね?とニコラスに問われてカイはただ首を縦に振れば良かったのだった。
「その……、二人ともすまない」
「お輿入れして一年も経たぬうちにこんなことになって、翡翠様がおかわいそうです。ましてやお目が不自由とあっては、さぞや不安に思っておられることでしょうね……。
 私では陛下の足元にも及びませんが、お留守の間のことはどうかご心配なさいませんよう」
 フランシスは、出陣する心積もりでいた。あちらの様子もよく分かっていたし、皇帝自らが出陣する必要はないはずだった。今回のことは、象に数匹の蟻が群がるような、小さな火種だった。けれどそれを見過ごせば後々大事にもなりかねない。ましてやカイは、どうあっても自身の手でけりをつけたかった。結局、カイに翡翠を預けられるのはお前しかいない、とまで言われたフランシスは皇帝不在の間に宮殿に残ることになったのだった。
 早速仕事に取り掛かるべく二人がカイに暇を告げ立ち上がろうとした時だった。かちゃり、と小さな音を立てて寝室へ通じる扉が開いた。3人の男達の目が自然にそちらの方へと吸い寄せられ、そして目が離せぬまま固まった。

 扉が反動で音もなく開ききると、支えを失った華奢な身体がぺたり、と床に座り込む。寝乱れた長い髪が身体を縁取り、小さな身体に乱雑に巻きついた白い敷布からは赤い鬱血痕が散る胸元が僅かに覗いている。
「カイ……」
 翡翠が囁くと大きな瞳から涙が零れ落ちる。しばし固まっていた男達の中で、カイは真っ先に立ち直ると、二人の視線から庇うように長身で隠しながら、翡翠の前に膝をついて屈みこむ。しっかりと布を翡翠の身体に巻くと、華奢な身体をすっぽりと覆うように抱いた。
「どうした?」
 耳元で囁かれた声はあまりにも優しいものだった。翡翠は、小さくしゃくりあげた。
「目が覚めたらカイがいなくて、わたし、わたし……っ」
「悪かった。お前はよく眠っていたから起こしたくなかったんだ」
 カイは翡翠を抱き上げると足早に寝室へと運び、そっと寝台に下ろした。
「すぐに戻るから、ここでいい子で待っておいで」
 未だ赤く腫れた柔らかな唇に口付けてから、震える翡翠に上掛けを掛けると不安気な顔で小さく頷く。カイはもう一度口付けた。

「今のことは忘れてくれ」
 憮然としたカイの声に、二人の顔がかっと赤く染まる。そしてぎこちなく頷いた。
「わ、わかりました」
 そういって速やかに、ほとんど逃げるように退室した。今朝のカイは、確かに充実した夜を伺わせる男の色香のようなものがあった。当然、その相手を務めたのは翡翠なのだが、翡翠に至ってはまだ無邪気なところがあって、今までそういった性的なものを感じさせることがなかった。だが、今見た翡翠は、確かに艶やかなまでに女だった。見てはいけないものを偶然とは言え見てしまったような気がして、二人は押し黙ったまま、皇帝の翼棟を後にした。
 
 カイが大きく息を吐くと、体中の筋肉が僅かに軋む。どうやら随分緊張していたらしい。二人の男に翡翠の肌を見られたのがどうにも苛立たしい。その反面、翡翠が自分を求めていたのが嬉しくもある。昨夜の長く激しい愛の営みを思えば、満足に立てるはずがないのだ。カイは湯の用意を頼もうと天上から垂れる金色の飾りも大業な引き紐を引いてマーゴを呼んだ。

 翡翠は、再び眠ってしまったようだった。カイは寝台の淵に腰を下ろすと、しばらく翡翠の寝顔を見ながら、艶やかな髪を撫でていた。湯の用意が整うと、ローブを脱ぎ捨て、裸のままの翡翠を抱き上げて寝室と続きの小さな浴室へ向かった。
 ここは予備のような浴室だったから、水道もなく猫脚のついた浴槽がぽんと置かれただけの簡素なものだった。浴槽も大人が二人も入れば一杯になってしまうほど小さい。カイは翡翠を膝に横に抱いて温かな湯につかった。
 
 温かな湯と痛む身体を優しくさする大きな手に翡翠は目を覚ました。
「カイ……?」
「目が覚めたか?」
 翡翠の顔を覗き込むと、まだ半分は眠っているようなふわふわとした浮遊感の中にいるようだ。翡翠はカイの首に両腕を巻き付けると小さく頷いて首筋のくぼみに頬を預けた。カイが頭を下げて口付けると上を向いて柔らかな唇を開く。カイの温かな舌が押し入ってくると、翡翠はぎこちなくそれをそっと吸う。カイは小さく呻くと顔を傾けて口付けをさらに深くする。
 翡翠の苦しげな呼吸にようやく唇を離す。そして柔らかな内腿をゆっくりとさすると、びくりと体がすくんでから吐息が漏れた。
「痛むか?」
 翡翠のこめかみに口付けながら問えば、弱々しく首を横に振る。そんなはずがないのは分かっていたから、カイは痛みを少しでも和らげてやろうとそこをしばらくさすった。
「やっ」
 いつの間にかカイの手は徐々に上へ上がり、とうとう脚の付け根の柔らかな巻き毛に達した。
「ここも痛むか?」
 そう言って少し腫れている花弁を優しく撫でると、翡翠は激しく首を横に振った。浴室に運んだ時に、昨夜散々翡翠の中へ放ったものが内腿を白く濡らしているのを見ていたから、花弁を開くとそっと中へと指を滑らせた。
「や……っ」
「しーっ、大丈夫だ。溢れてきて気持ち悪いだろう?きれいにするだけだ」
 中に埋めた指で温かな翡翠の内部から精を掻き出す。ゆっくりと何度も抜き差しを繰り返すと湯とは違う温かさの蜜が溢れ出した。
「あっ……や…ぁ」
 カイの指先が翡翠の感じやすい部分を何度も引っ掻くと、甘い声が零れた。カイの首に鼻を擦り付けていたから、その度に翡翠の温かな息を感じる。翡翠の脇腹には、すでにカイの硬く猛ったものが当たっていた。
「翡翠……」
 抱くつもりはなかった。だが、抱いて欲しいとばかりに温かな蜜を溢れさせ甘い声を聞けば、どうにも我慢出来ない。翡翠は、身体を繋げているときが一番自分を感じてくれているのだから、と自身に言い訳をすると、カイは翡翠の腰を掴んだ。
 聳り立つ自身の上へと導く。そして温かく濡れた入口に先端を宛がうと、カイはゆっくりと翡翠の腰を引き寄せた。
「ああっ」
 悲鳴を漏らしながら、翡翠は背を仰け反らせた。カイの大きな手が素早く背中に宛がわれる。カイが押し入ってくる時に一緒に入ってきた湯の感覚が、いつもと違う感覚を引き起こす。カイは、片手で翡翠の背中を支えて、もう一方の手で細腰を掴んでゆっくりと自分の腰に引き寄せた。
 時間を掛けて根元まで入れると、細い足首を掴んで自分の腰に巻きつけさせてから、カイは翡翠をぴったりと抱き締めた。
「翡翠」
 カイが名を優しく呼びながら唇を求めた。柔らかく開いた唇に舌を差し入れてはゆっくりと抜く。今から行うことを模したような口付けに、二人の繋がった場所から炎が燃え上がった。翡翠の腰を掴むと持ち上げては、下ろしながらゆっくりと突き上げた。
「あっ……、あぁっ」
 受け入れるにはあまりに大きいカイに翡翠は背中をしならせた。あたかもカイの目の前に柔らかな乳房を捧げるようになった。赤く色づき硬くなった乳首に、カイは口付けた。きつく吸いながらゆるゆるとした抽送を繰り返す。その度に二人の周囲と、投げ出された翡翠の両の腕が湯に波紋を作り、互いにぶつかってちゃぷちゃぷと水音が立つ。
「あ……んんっ、カ…イっ」
 翡翠との愛の営みは、快楽のためだけでなくカイの全てを惹き付ける。深く、もっと深く繋がりたい。だがあまり長引かせるのはまずい。翡翠の身体は昨夜ですでに限界を迎えているはずだ。カイは二人の身体が繋がっている場所の少し上にある最も敏感な蕾を擦るように突き上げた。
「あっ……、あああぁっ」
 翡翠はすぐに絶頂に押しやられ、受け入れているカイを締め付ける。カイは痙攣してぎゅっと締め付ける翡翠をさらに何度か突き上げた。このまま翡翠の中に放ってしまいたい欲望を歯を食いしばって耐えると、ぎゅっと締め付ける翡翠から自身を引き抜いた。
「や……っ」
 翡翠がそれを拒むようにカイにしがみついた。カイは翡翠を両の腕できつく抱き締めぴったりと身体を合わせると、二人の熱い体の間に精を放った。
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                                    橘瞳子@管理人
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