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月 光
第1章 1.東の月
<序章>

 西大陸の4分の3に亘る広大な国土を有するアルカディア帝国。
 太陽神の化身とも謳われる若き皇帝カイ=マクシミリアン=アルカディアは、18歳で即位してから11年に亘って善政を布いた。その強大な国力はますます安定し、大陸の覇者たる地位はゆるぎないものとなっていた。
 その皇帝は今、例えようも無い充足感を静かにかみ締めていた。自分の中にぽっかりと口を開けている空虚な穴が隙間なく埋められる、そんな満たされる喜び。もしかしたらこれが幸せというものなのかもしれない、と思いながら。

 明日にはようやくあの月の姫が自分のものとなるのだ。
 帝国を挙げての盛大な結婚式となるだろう。

 29年生きてきて生まれて初めて欲した、ただ一人の女性(ひと)。今すぐにでも抱き締めて口付けたい。しかしそれが今、叶うことはない。
 婚姻の儀までは、妻となる女性に会うことは出来ない。古くからの帝国のしきたりは形式ばかりが残されているのだ。花嫁はあくまでも清らかな処女(おとめ)でなければならないらしい。

「ふっ」
 カイは自嘲的な笑みを秀麗な顔に刻んだ。そんなしきたりなど、自分には何の意味も持たないことを誰よりもよく知っている。

 出会った瞬間に心を奪われ、そして抱いた。
 嫌がり泣き叫んで拒んだ、あの美しい盲目の月の姫を……。
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